2026年の初雪

みなさんお世話になっております。
極度の寒がり、末端冷え性の暮らし家の橋口です。

先日、自分の住む南国鹿児島でも雪が降りました。

年に1回ぐらいしか降らないので、みんな大騒ぎでした。

SNSでは「アナと雪の女王」の音楽が沢山流れていました。
※天邪鬼な自分は意地でも流さなかったです。

先日借りた事務所は古く、暖房を入れても思ったように暖まってくれませんでした。

改めてリフォームの際に断熱性能を向上させる必要性を再確認しました。

ただし、過剰に性能を求めることには後ろ向きです。

これでも数年前までは超高性能と呼ばれる住宅が好きで、色々勉強をしていたんですけどね。

田舎の寒い家で逞しく過ごす、超高性能な人達に会ってから、建築にだけ超高性能を求めることに疑問を感じ始めてしまいました。
それからは現代人でも工夫次第で寒さを楽しめる暮らし方を考えるようになりました。
(昔の人からしたら当たり前の事なんだと思います)

よくよく考えてみたら、Tシャツで鍋をつつくより、少し寒いぐらいの中で食べる鍋の方が美味しいことに気付きました。

夜だけ室内犬の愛犬も、雪の中テンション高く走り回ってましたよ。
柴犬は特に寒さに強いですね。

住宅の性能を上げたら快適になることは知っています。
性能を上げる方法も知っています。
それを実行できるだけのネットワークも持っています。

それでも性能を上げ過ぎない事を選択してます。

一歩家を出たら苦しくなる人が増えたら大変なことになります。
そこまで性能が高い建物の中じゃないと不満を感じる人が増えたら、家以外もそこの基準に合わせないといけなくなってきます。
その費用はまた税金ですかね?
現代人はお金がかかります。
サービス提供者の目線からしたら、「不」が付くものはお金を生むから煽った方が良いのかもしれませんが。

何かを得て、何かに慣れれば、何かが退化していく気がするのは自分だけでしょうか?
何かが退化するときには、付随して色んな事が出来なくなりそうな気が。

例えば少しでも楽をするサービスが増えれば筋力が落ちるので、筋力を使う行為全般が出来なくなるのでは?

考え過ぎなんですかね?

とにかく天井知らずの欲求に恐れを感じてしまいます。

かと言って自分も含め昔の人達のような生活は出来ません。
そこまで我慢強くもなければ、生活スキルが高いわけでもありません。

暮らし家としては、ほとんどの人が受け入れられる範囲の性能の住宅と、その住宅での暮らし方を模索し提案して行ければと考えています。

思想強めな投稿になってしまいましたが、人に考えを押し付けることはございませんので、ご安心下さい。
今後とも暮らし家を宜しくお願い致します。

少々雪を被った愛犬の写真で癒されて下さい。

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